店員に「ありがとう」と言う人が大嫌い。って話が盛り上がっているらしいです。
まぁ、どうでもいいことなんですけどね。だって、人の好き嫌いなんてどっちもいいじゃないですか。そんなものに答えなんてないし、人に押し付けるものでもないし。
それが善いコトなのか悪いコトなのかって話ならまだしも。
さて、この“「ありがとう」と言う人が大嫌い”な人は、たかがコンビニのレジで「ありがとう」って言われるとイラッとすると。馴れ馴れしいと。
この話を読んで個人的に違和感を感じたのは、「ありがとう」言われるのが嫌いでもなく、「ありがとう」と言うのが嫌いでもなく、そう言う人、そのパーソナリティが嫌いだということ。
質問では『神経質でしょうか?』と締めてあります。でも、その行為に対して好き嫌いを言われるのはまだいいですよ。そこでその人までも嫌ってしまうのは寧ろあまりに無神経じゃないのか。
個人的にはそう考えます。
もう一つ、会釈で済ませばいいものをわざわざ口に出す必要はないってトコにイラッってくるらしいですが、それについてはわかります。
挨拶にしても声を出すかどうかってのは微妙やったりします。
じゃあ、ふと、この「ありがとう」にあたるものがチップやったとしましょう。チップの習慣もあるってことにしましょう。
そしたらどうです?
わざわざチップくれたらもらうでしょ・・・話がずれた気がするので止めます。
ボクは「ありがとう」って言うことはないけど、コンビニとかで店員が「ありがとうございました」って言って目を見る時にはなるべくなら目を合わせるようにしている。どことなく恥ずかしいけど、せっかく見てくれてんならちゃんんと見てあげようと。店員さんが見なければ、こっちも見ないし。
大事なのはそのへんの気遣いに気付いてあげられるコトのような気がする。
だから、「ありがとう」って言われるのが嫌いならその人には「ありがとう」って言わないようにしたい。ただ、その意思表示はどうするんだって話ですが。
そんなコトを言っていれば、そもそもね、「ありがとう」って言われるんがイヤなら「ありがとうございました。」って言うなや。
こっちこそ、たかが数百円使っただけでわざわざありがとうなんて言わんくてもええやん。どうせ接客マニュアルなだけで気持ちなんて入ってないくせに。
質問の人が書いてるけど、こっちこそ、別にお礼言われることしてないし。
世のため、人のためなんて言うけど、結局は自分のためにしていることが相互関係でバランスを保っているだけの話なんだよね。
ちょっとコトバについて色々と考えることがあって、例えばスポーツの指導者が自分より年下やったとする。その人に対して敬語を使うのか。
自分は躊躇わず敬語を使います。初対面は敬語使うし、年上の方にも敬語使うし。
自分は一浪しているから一つ下の連中からタメ語で話されるわけで、そのへんは寛容に考えている。
結局そういうのって年上とか役職とかじゃなくて、自分とその人の関係。
大切なのは意識してコトバを使うコト。
最近、芸能人が不適切なコトバで謝罪したりなんたりってあるけど、そのコトバを使う必然性ってのが少なからずあって、どんなコトバでもそれに意味をもたせる必要がある。
ボクもこのブログを書くことでそのコトバを模索している・・・つもり。
posted by albireds at 15:29|
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