2009年08月17日

Book Village【8】

「三沢さん、なぜノアだったのか、わかりました」2000,中田潤,BABジャパン


プロレスに関する人間のタイプは3つある。

一つはプロレスを否定しタイプ。

二つめはWWEのように完全にエンターテイメント化されたプロレスを楽しむタイプ。

三つめはNOAH狂信者、プロレスこそ最強の格闘技だと思っているタイプ。


この本の筆者は元々は三つめのタイプ。

しかし、三沢vs小橋の三冠戦を鉄人ルー・テーズに見せたところ、寝られてしまうくらい酷評されるところから始まっている。

というのは、タックルをはじめとするレスリングの技術がどこにも見えないそうだ。

そんなところからNOAHのプロレスに懐疑的になってしまう。


レスリングの流れを組んだレアリズムに支配されたものか、ショーとは言わないまでもスペクタブルなものなのか。

NOAH・三沢光晴の答えは

「好きにやったら?」

そんなカンジだと思う。


楽しさを収束したらおもしろくないと書いたけど、好きにさした結果、おもしろくなる。そうやって信頼できるほどのキャパが欲しい。


惜しい人を亡くした。

R.I.P.
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2009年08月13日

わーど

ordが販売差し押さえの判決が下ったそうです。技術流用していたそうな。
当然、マイクロソフトは上告するんですが、どうなることやら。

他社をパクり新興勢力を訴訟で潰してきたMSなのでやられて当然と言えば当然。
呪いは解けるのでしょうか。

Wordが販売がされなくなるとなにが困るかと言えば、なにも困らないってのが実状です。
OpenOfficeでも、Googleドキュメントでも、いいワケですから。

ただ、企業や大学が安易に使い続けれない点は困る。
いつ手に入らなくなるかわからないものを標準として採用するはリスクが大きい。

拡張子を.docのまま他のソフトを併用するのか、いっそのこと.odtに切り換えるのか。


ほとんどの人がWordを必要としている。
でも、Wordが便利だという人はほぼいない。

この状況をどう捉えるのか。

今日ヨドバシカメラ行ったら新しいバージョンのATOKバンドルされたPCが結構出てたし、意外と一太郎って手もありかな。



余談だけど、64ビット仕様のPCがなんの記述もなく売ってた。
メモリが8Gまでって書いてあったから分かる人は分かるけど、Windows7のこともあるんだしちゃんと書いておいたほうがいいよね。

宮崎あおいがCMやっているオリンパスのデジカメは思ったより重たく、あれなら一眼レフのほうがいいかも。
デジカメは機能よりもデザイン。所詮いろいろな機能付いてても使い方も使い所もわかんないんだし。画素数もいくつでもいい。

思い出したのでもう一つ。
花火撮るのにフラッシュは絶対に必要ない。無駄だし、まわりの人の邪魔。
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Book Village【7】

「簡単に、単純に考える」2004,羽生善治,PHP文庫

たぶん、いま病気してます。昔のパワプロで言うところの電話しかできなくなる、アレです。そんなコトは置いといて毎日本読んではメモ書いてってのはちゃんと毎日しようと思います。

この本はスポーツライターの二宮清純、ラガーマンの平尾誠二、工学博士の金出武雄の3人との対談になってます。テーマはなんとなくあってないようなもので、「思考法」ぐらいだと思います。

前回、久慈の本でなぜ対談にしなかったのかって書いたけど、分野の違う人同士の対談だとお互いの知識を披露し合って終わりみたいなとこがあってどこまで深い内容になるのかは疑問かなぁ。

で、二宮との対談から。
この人、知識が豊富でスポーツライターとしては結構好きなほうなんだけど、なーんか自慢気に話しているように聞こえてしまう。この著書のなかに出てきた知識が既に他の本で読んで知っている部分もあるからだろうけど、NHKのプロフェッショナルの茂木みたくなにかあれば「脳科学では・・・」みたいな感じ。それが悪いってわけではないけど、いつまでも続けられたら面倒。羽生が聞き手で終わってる感じがする。

もう少し突っ込んで欲しいなってトコがあって、将棋において攻めるよりも守るほうがラクだというコト。戦略を組み立てる段階では主導権を握り、終盤になって斬り合いになったときに相手に手番を渡すと有利になることが多いと羽生が言っているが、スポーツの世界だとどうだろうか。

自分がやっているフラッグフットボールで考えると、オフェンスのほうは作戦に数が限られているから相手というよりも出来るコトを忠実に実行できるかに対して、ディフェンスは常に相手の出方に合わせて自分を変えていかなければいけない。
と考えると守るほうよりも攻めるほうがラクなように思える。

野球のピッチャーとバッターで考えると、攻めるのはバッターであるがこの話の場合はピッチャーだと思う。考えていくと攻める守るってのはどちらが主導権を握っているかであることに気が付いた。
つまり、ピッチャーが投げなければ始まらないということは主導権があるということ。バッターはピッチャーが投げたボールにだけ反応すればいいから、単純な読み合いの世界ではバッターが「後出し」状態になる。だから、守るほうがラク。

フラッグフットボールでも同様。「後出し」判断ができるほうがいいと。

人と話していても話題を提供するのは難しいけど、話題に乗っかるほうがラクだと。

でも、対応できるだけのキャパを必要とするから強者の考えなんだろうな。


で、平尾誠二との対談。
この人は組織論を考える上で度々お世話になってます。この本では組織論というより指導者としての視点が強いです。

(以下は引用)
ーーー
ここが勝負どころだと感じるかどうかも実力の内なんです。勝負どころかどうか感じて、なおかつそこで判断し、指した手がいいか悪いか、その両方を見ないと本当の実力は分からない。
(中略)
スタジアムがワーッと沸くようなチャンスは、本当はチャンスじゃなかったりする。本当のチャンスはその前にあったのかもしれません。そのときにいいプレーができたからこそ誰の目にも分かるチャンスが出現しているわけです。
ーーー

これは野球だとわかりやすい。
ピッチャーが全力で投げ出したり、序盤でピッチャーに代えてピンチヒッター出したり。よく言われるけど点取った後の先頭打者とか、スコアリングポジションにランナーがいて内外野が前進守備をしくのかどうか。漫画ドリームスに出てきたけど「勢い」と「流れ」の違いというのも関連するかも。

モノのデータを集めて分析する力より、勢いや流れを読んで勝負どころを見極める洞察力が求められている。


金出との対談は疲れたのでまた今度。
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2009年08月12日

ほん

部屋に読んでない本がたくさんあるのにまたAmazonで本を注文しました。
買ったのは、

1.「論文の書き方」

2.「『みんなの意見』は案外正しい」

3.「『空気』の研究」

4.「三沢さん、なぜノアだったのか、わかりました」

5.「クラウドの衝撃」

6.「ウェブはバカと暇人のもの」

の6冊、5000円くらいです。

1はいわゆるハウツー本ではなく、物を書くこと、意見を発信することを哲学的に考えていくという本。

2は群衆の叡智に関することでよく参考文献にあがる本で、オープンソースの可能性について考えたいな、と。

3は前回書いた空気を読むとはどいことか、という本。

4は亡くなった三沢光晴の「自由と信念」というのはなんだったのかって感じ。

5はクラウドコンピューティングについて。クラウドコンピューティングとは・・・長くなるのでヤメます。

6は衝動買いです。
2ちゃんねる絡みの事件があったりブログが炎上したりと暇人がバカな使い方をしている、と。そんなんをぶった斬るって感じでしょうか。

夏休みを利用して一日一冊は読めるようにしたい、かな。
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2009年08月11日

Book Village【6】

『遊撃手論』2009,矢崎良一,PHP

ジャイアンツのV9時代は、四番サードが花形であり、八番ライトがダメなヤツの定位置だった。そんな時代は過ぎ去り、イチローの登場でライトが外野手の人気ポジションに、古田の登場でキャッチャーがもっとも重要な役割を担うようになってきた。
現代野球においてショートとはどんな人材がつくポジションなのか、どんな役割を果たしていくのか、久慈照嘉監修のもと考察している。

野村監督の著書がたくさん出ているなかに、久慈という渋い選手を持ってきて、遊撃手についてという渋い内容の本。なかなかおもしろい視点だった。

野球を知らなくはないけど、実際にプレーしたことはそんなにないって人にはおもしろいと思う。宮本慎也選手や井端弘和選手が現役選手について結構辛辣な言葉を発しているのはなかなかインパクトがある。例えば、鳥谷敬選手をプロとしてギリギリ見ていられるレベルであるという趣旨の発言等々。


でも、正直言って読んでてあんまりおもしろいと思わなかった。というか得られるものがない。

自分がセカンドをやっていて、かなりの拘りがあるからかもしれないが、気持ち悪いくらいのオールドタイプ遊撃手信仰の価値観の主張を何度も何度も繰り返すだけ。

久慈がこう言う。
そして、宮本もこう言う。また井端も同様にこう言う。

って、わかったから、そう言いたくなる。


構成やスケジュールの問題もあるが、こうやって書くならなんで対談というカタチにしなかったんだろう、と思う。文中で発言者がコロコロ変わるからどれが誰の発言なのかがわからなくなる。
もっと話を絞って深いところまで書いてほしい。技術論なのか人間性なのか。

副題でもある「組織に求められる遊撃手的人材とは?」がわかったような、わからんまま。

オールドタイプ遊撃手ってのはある種セカンドに近い部分もあるはずなのに、申し訳程度に二塁手との関係性について書いてあるだけ。ユーティリティな選手のショートやセカンドとはどう違うのか、比較対象についても言及しないと内容が薄っぺら。
個人的には、セカンド・ショート・サードでゴールデングラブを獲得した立浪和義選手やショートの名手として小坂誠選手、セカンドの名手として仁志敏久選手、このあたりの人間性や役割を比較しながら書いてあるとめちゃくちゃ楽しいのにな。

正直、多少マニアックな内容なだけで週刊ベースボールの特集の方がおもしろい。

ただ、俄然野球がしたくなった。
その意味では買った価値があったのかも。
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Book Village【5】Vol.2

グーグルアマゾン化する社会』

前回の続きです。

半強制的なGoogleの戦略やAmazonなどといったWeb2.0によって

情報・知識の一極集中が起きると考えられる。


Googleの検索機能やそれに伴うアドワーズ、Amazonのお薦め商品などは興味のあるもの、欲しいもの、あるいはそう思われるものを表示されるため利用者にとって便利である。しかし、一方では自発性が奪われてしまい情報やそれによって得ることのできる知識がある方面だけに集中してしまう。
この情報・知識の一極集中の最たる例が、オタクである。

そしてこのような人たちがSNSやブログなどを通して、集団の分極化を進めていく。


このコトはネットニュースと新聞にも言えて、ネットニュースであれば前述のように欲しい情報だけ得られるが、普段興味のないニュースに関しては敢えて読むことはない。ユーザーの傾向の記憶してそのようなニュースは表示すらしないこともある。
しかし、新聞であれば読んでいるうちに目について他の記事も読む可能性が高くなる。ネットが普及していても紙媒体が廃れていかないのはこの利点があるからだと思っている。

サークルの資料にしても、全部データ保存しておいて共有のPCのHDDに入れておいたり、Googleドキュメントで共有してもいいが、この場合欲しい資料があってそれがどのようなものかわかっているときにだけ効果がある。存在を知らないものについては検索できないから、あってもないのと同じ。
しかし、データを印刷して紙媒体にしてファイリングしておけば探し物のついでにサークル以外でも使えそうなものなどたくさんの発見がある。実際、自分も先輩の置き土産のファイリングは役に立った。


今後の社会はWebへの依存度を高めていく傾向にあると思うが、あくまでもリアルな世界の為の一手段にすぎないことを忘れてはいけない。

『ビル・ゲイツの面接試験』(2003,ウィリアム・パウンドストーン,青土社)
から印象的な記述を引用すると、

ーーー
担当者はさらに言った。「マイクロソフト家電事業を始めたいと思っています。電子レンジをコンピュータで動かしたいとしましょう。あなたなら、そのためにどんなソフトを書きますか。」

マッケンナは尋ねた。「なぜそんなことをするのですか。冷蔵庫のところまで行って、食べるものを出して、電子レンジに入れて、そのうえに、コンピュータのところまで走っていって、電子レンジを動かそうなんて、私は思いませんよ。」
ーーー
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2009年08月04日

Book Village【5】Vol.1

グーグルアマゾン化する社会」2006,森健,光文社新書

ウェブ進化論などでよく耳にするようになったWeb2.0の世界を代表するGoogleAmazonのマーケティング戦略とそれによって変わっていく世界観を指摘している。

GoogleはアンドロイドやChromeOSなどモンスター化しつつあるが、今後成長していくかは自分は疑問に思っている。というのは、Amazonは書籍など実際にある商品を取扱い利益を挙げているのに対して、Googleは広告収入が9割以上を占める。

その広告の効果がいくらか見えにくいからだ。
Googleで検索したときに横にちょっとスポンサーリンクっていくつかリストアップされるが、アドワーズといってGoogleの58%の収入をここから得ている。

なぜ高性能な検索サイトを無償で作っているかというと、このスポンサーリンクに多くクリックさせたいためだ。サービスで検索サイトを運営しているわけじゃない。
著書のなかでは、ただで映画を見せて、売店やグッズ販売で儲ける映画館のようなビジネスモデルだと書いている。

システムについては以下のリンク先へ
http://wiredvision.jp/blog/utada/200804/200804140800.html

で、このスポンサーリンクってどこまで意味あるのかがよくわからないんだよね。あんまり重宝されるものでもないし、上記のリンク先に書いてあるようにスポンサー先にとってもそれほど重要なものではない。

それよりも重要になってくるのがSEO対策と呼ばれる、いかにGoogle検索で上位にリストアップされるか。Googleは張られているリンクが多いほど上位にリストアップされ、またそのリンク先の信用度によっても変わってくる。

なんだかんだやっていくと、結局Googleの作ったルールをどう生かすか、どうやって味方につけるかということを考えていくしか方法はなくなっていく。
なぜならGoogleの検索に引っかからないWebサイトは存在しないに等しいからだ。

そうしたことからGoogleを半強制的な参加のアーキテクチャーと著者はしている。

「グーグルが日本を破壊する」の著書、竹内一正は、邪悪でない会社を貫けるかどうか疑問視している。少し前に問題に挙がっていたが、Googleは書籍をスキャンしてデータベース化しようとしている。日本のものもすでにいくつも行われており著作権の問題から告訴しようとしている出版社もあるそうだ。Googleほどの会社規模であれば訴えられてお金払っても痛くも痒くもないだろう。訴えてこないとこを充分に利用するればいい、ぐらいにしか考えてないように思う。

これのどこが邪悪ではないのか。



そんな感じで次回につづく。
posted by albireds at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Book Village | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Book Village【4】

「検索バカ」2008,藤原智美,朝日新書

空気を読むこと、検索することで思考停止を引き起こしていることを指摘している。

空気を読む、検索するという行為は、要はその場のコンセンサスを読み取るという行為であり、自分で考えるという過程をショートカットしているということ。そのコンセンサスはどうやって形成されるとかというと、結局リーダーが強制的に形成しているものであるから、空気を読むというのは他からの価値観の押し付けられた結果の行為である。

芸人が「空気を読めよ」とバカにされるのは計算ずくで、芸人は空気の読めない役を演じているだけであるのにも関わらず、視聴者は舞台裏の現実を覗いたような印象を持ち、日常生活のものとして取り入れてしまっている。

日常生活がバラエティ化しているとも言えるかもしれない。

コトあるごとにキャラ設定が行われ、それに応じた言動が要求される。


集団のなかの一人ひとりにおいても、自分の言動においても多様性が許さない規範のようなものであり、文化として成り立ってしまっている。

「空気を読め」と言えば、状況を説明し納得させる具体的な言葉がないまま一言ですべてが片付いてしまう。問題をすべて指摘された側に投げてしまい、しかも指摘した側には主体性はなく社会全体に転嫁してしまう。

例に挙げられていたが、親が子どもに「空気読めよ!」と叱る。
この不条理に耐えることが子どもにとっての成長の糧だとしても、どこまでいってもケースバイケースで、一般化されない。一般化されないものをどうやって学んでいくのだろうか。

要は大人に従うことが子どもにとっての空気を読むということ。
そんなつまらない教育はないよな。

空気を読んでゆとり教育が見直されてはたまらない。
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Book Village【3】

「心理テストはウソでした。」村上宣寛,2005,講談社

職業適正検査に使われる内田クレペリン検査や性格検査、血液型診断などの心理テストの有意性について指摘している。

ところどころで有意性を否定する計算が出てきて、正直体力が要ります。
正直、全部が全部理解できてないです。


ただ、おもしろかったのは心理テストを行って、その結果が全員一緒であっても88%があっていると思い込んでしまう著書の授業でのイタズラ。「バーナム効果」というそうな。

例えば、
「あなたには、外交的で、友好的で、社交的な時と、内向的で、慎重で、控えめな時があります。」
という結果が返ってきたら、そりゃ全員当てはまる。
こーゆー答えをいくつか用意しておけば、1つ2つ当てはまらなくても気にすることはない。隣の人の結果を見るまで騙されていることに気が付かない。

ちょっと前に「B型、自分の説明書」なんて本がヒットしていたけど、結局読み進めている時には当たっているものをピックアップしているから当たっているような錯覚に陥っているのかもしれない。

もう一つ重要なのは、他の血液型を見ることは少ないということ。
B型以外の人間が本を読んで「やっぱり当たってない」というような読み方をするのは圧倒的に少数派。血液型占いでも星座占いでも自分以外のは見ない、読まない。
とすれば、みんなが当てはまるような「バーナム効果」のある結果を全部に書いてしまえば、おおむねの人が当たっていると思ってしまう。


でも、自分は血液型と性格とはわりと相関関係があると思う。というより、擬似相関。

血縁関係にあるから性格が似通う。
血縁関係にあるから血液型が同じ可能性が高い。

の2つが成り立てば、ずっと血縁関係を遡っていくことで、

血液型が同じであれば性格が似る。

というのが成り立ってもおかしくない。たぶん。
でも、因果関係にはない。おそらく。
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2009年08月02日

らいだー

仮面ライダー映画版らしきものを見た。

結構、仮面ライダーが好きでたまーにレンタルDVDで見たりするけど、平成ライダーは響鬼をちょっとだけ見たぐらい。

イケメン押しになってわざわざ見ようとは思わないんだよね。

全部見たわけじゃないからイメージで勝手なことしか言えないんだけど、なんとなく今の仮面ライダーには「憂い」や悲しい過去がないように思う。

かつての仮面ライダーには、劇中にはあまり反映されていないところもあるが、悲しい過去がそれぞれあった。なにが正義なのか、なぜ闘うのか、そんなことを問い続け、葛藤のなか闘っていたのではないか。

そんなのをライダーの背景を思いながら見ていた子どもはいないと思うが、そういったところが大人になっても愛される作品になる所以であると思う。

いまの仮面ライダーはそれはそれでおもしろい作品なんだろうと思うけど、じゃあ数年後に見てノスタルジックに浸れるかと言われれば疑問に思う。ノスタルジックに浸れるかどうかってのが作品の評価基準になってしまうのもおもしろくないんだろうけどね。


ライダーの闘いかたが、おもちゃを売りたいがための戦略に見えるなんてことが一番悲しい。
でも、それが大人になっていくってことなのかな。


最新映画ではライダーが全員集合するらしい。
ちょっと見たいが、誰と行くかが思いつかない。
posted by albireds at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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